ずぼらぐらいが丁度いい

多くの日本人は真面目で誠実で

自分以外の人を思いやることに長けている人種だと思います。

 

そして東日本大震災を機に世界でも日本人の行動が称賛され

「日本ってどんな国なんだ」

「あんな悲惨な状況でも暴動を起こすことなく、冷静に誠実に行動できる日本人ってどんな環境で育ってきたんだろう」

と興味を持つ外国の人も増えてきていますね。

 

 

私たちにとっては当たり前にしている行動が外国の人にとっては

珍しいととらえられるのですね。

 

でも私たちがする行動はごく自然なことです。

人間というのは環境に左右される生き物ですから、

これまでの多くの日本人が育ってきた環境によって

私たちは自然に行動しているのです。

 

でも時にはそれがとても窮屈に感じる人もいると思うのです。

現代の複雑な社会システムの中で時にはしんどくなったり、

多くの日本人と同じように行動できない、同じように思えないことがダメだと

自分を責めてしまったりする人が増えてきているようにも思います。

 

それはあまりにもあふれかえる情報化社会で生きている中、

そうなってしまうことは人間として当然のように思います。

でもそんな時だからこそ、

「自分はどのように生きたいのか」

「自分が本当にやりたいことは何なのか」ということが

限られたこの肉体人生を生きていくうえで

真剣に考えるチャンスなのではと思うのです(^.^)

 

人を思いやることも大事ですが

自分を思いやることが最も大事なことです。

本当の自分の人生を生きたいと思っている人が、

生きていくうえで自分一人で頑張らなくてもいい、

その他大勢と同じように行動する必要はない、

手を抜いてもいい、

頼る時には自分以外の人、モノに頼って、

他の人からずぼらだと言われてもいい、

という気持ちで生きていっていいと思うのです。

 

どんなにズボラにしようとしても、

多くの日本人は廻りの目を気にして、

完璧にしなければならないという思いが

根底にあるので廻りからはズボラには見えないでしょう。

 

時には自分が手を抜いて、人に頼ることが、

その人を幸せにしていることもあるのです。

 

人と人は繋がっています。

 

頼られるというのは自分が思っているよりも嬉しいものです。

なぜなら人は誰かの役に立っている

ということで喜びを感じる生き物だからです。

 

私もOL時代は何でも自分でやらなければならない

手を抜いてはいけない

人を頼る、任せるということも人一倍苦手な人種でした(^^;)

 

それが今では

「私がやるより〇〇さんがやってくれるほうがいいよね~!」

となんでもお気楽に頼める、

人任せに出来るようになりました。

 

すると

一人で頑張っている時は

今から思うと滞っていたような空気の流れが

スムーズに流れて循環しているように感じるのです。

 

もっともっと手を抜いて

ずばらぐらいが丁度いい~!

と今更ながら思います(#^.^#)