人間というのは本来
ネガティブなことを考えがちな生き物のようです。
自分が不安になった時を考えてみると
多くの時が過去や未来のことを考えている時です。
でも、不安になってるなと思った時
「不安になってもいい」と思えるのと
「こんな不安になるのは嫌だ!なんとかしないと!」
と焦ってなんとかしようと思うのとでは
その時の自分の気分には雲泥の差があるように思うんです。
不安になって当たり前と思えるのは
古来からの人間の本質的なもの
敵から身を守ろうということが
必要であったただの反応にすぎず
ネガティブを感じることは
ちゃんと危険から身を守る機能が
ちゃんと作動しているという証明でもありますね。
とはいえ
不安や恐怖が出てくる時には
そんな気分のよいものではありません^^;
だから焦ってしまうわけです。
その時、考えるといいことは
不安は
今、存在していないという事実です。
なのに私達は
その不安に取り憑かれがちなのです。
あまりにも自分のリアルな感情に思えるからですね。
そんな時は
「今」に戻るのが一番!ですが
それでも
不安が出てきてしまうのは・・
実際には無い
不安の存在を認めているからです。
無いにもかかわらず
その存在を認めている。
そして、フォーカスしているということです。
そんな時にふと力を抜いて、高い視座から観てみると
不安との対極に必ず
「安心」があるということが観えるのです。
この世界は
男と女
プラスとマイナス
右と左
というように
二元で出来ており
なにひとつ片側だけで存在していることはありません。
なので
不安に偏りがちになっているのを
安心に戻すでもなく
ポジティブに考えようとするでもなく
ただ「安心」があるんだ
という認識をするだけでいいのです。
不安は形がないにも関わらず認識しやすいのに
かたや、安心があることは
同じ見えないものなのに認識していないと思うんです。
特に不安に偏っている時には
片側が見えなくなっているだけなのです。
不安や恐怖はあまり味わいたくない感情なので
すぐにそこから抜け出したい
考えないようにしよう・・・
としますが、そう思えば思うほど
それに力を注ぐことになり、より不安になってくるのです。
なにか不安を感じているなあ・・・
という時に、ただ「両側を観る」ということ
試してみるといいかもしれません(^o^)
すごく客観的に自分の感情を観れるようになると思いますよ。
両側が同時に観れた時、不安も安心も消えるのです。
自然災害など、いろんなことが
起こりやすくなってる今、そして世の中の動きが激しい中
自分の感情を俯瞰してみることが
ますます大事になってくると思います。
廻りで何があろうと
安堵感があると認識しているだけでも
起こる出来事に対する受取り方も変わってきます。
安心があるから大丈夫!
廻りの自分に必要のない情報に
惑わされることなく、日々、自分の機嫌は自分でとって
自分を楽しませてあげること。
今年は沖縄にお試し移住をしてきて
私も不安がも~数え切れないぐらいしょっちゅう顔を出しました^^;
でも自分が感じたくない、嫌な感情が出てきたどんな時でも
その対極にあるものが同時に存在するということを観ていくとなぜか落ち着いていられたのです。
自分が叶えたい夢、自分がこう生きたいと
日々を楽しく生きようとしていく中で
そんな感情の扱い方にも慣れてきたのかもしれません。
それは叶うからこそ出てくる
ネガティブな感情だと今ならわかっているからです。
実際には存在しないそんなネガティブな感情も
ポジティブな感情も手放して
「自分の~したい」をどんどんただやっていく
それだけでいいように思います(^^)