先日、久しぶりにバスに乗った時、
運転手さんが、バスが動くたびに
「動きます。右に曲がります」とマイクで言っていた。
バスのこのようなアナウンスだけでなく、
駅の構内のアナウンスでも
「ただいま3分おくれで列車が到着いたします・・お急ぎのところ・・」とか
「揺れますので手すりにおつかまりください」など
そんなアナウンスを聞くたびに日本はとことん丁寧だと思う。
北米では、バスの停留所のアナウンスさえしないし(国にもよるけれど)、
少々遅れても当たり前、まして揺れることがわかっていれば
自分で注意しておきなさいという感じだ(^^;)
どちらがいい悪いというのはないけれど、
このようなサービスはいるのかなと
日本にいる時いつも感じさせられる場面だ。
そして、こんな過剰とも思えるサービスでさえ
将来数年後にはAI化されるんだなと感じる。
特に、スーパーのキャッシャーなどじわじわと自動化は進んでいるし、
暇そうに立っているガソリンスタンドの店員さん、ガードマンなどを見ると
AI化されるというのは自然の流れなのかな・・・ぐらいに思ってしまう。
ヨーロッパに住んでいる友人が、日本を訪れた時
日本はどんな仕事にもまだまだ雇用を確保しているところが
素晴らしいと言っていた。
そしてヨーロッパではとっくの昔にガードマン、
ガソリンスタンドなどに人はいないと
言っていた。
AI化によって職がなくなるということを
悲観的にとらえている人もいるかもしれないが
私はすごくいい方向にすすんでいると考えている。
バスの運転ひとつにしても、お年寄りや身体障害者への細かい配慮、
突発的なアクシデントに対処する必要はあるし、
人間でしかできないことはもちろん残すべきだし
そういう部分は多々あるだろうが。
ただAIにとってかわれる仕事はAIに任せておき、
本来人間として自分に何が出来るのか、何がしたいのかを
いやでも一人一人が心底考えさせられ、
自分の人生を生きるという意味で
より自分というものを見つめ直すいいチャンスではないかと思う。
十年後ぐらいには、おそらく
「そういえば、十年前は車は人が運転してたよね」
という話になっているかもしれない。
そんなことを思いながらAI化のきざしを感じている毎日である(^.^)