母の介護とカナダへの思い~その3~

カナダに住みたい!と、カナダに行くたびに思っていたが、

民間企業に勤めていたとき、

突然、母が倒れた。

幸い命はとりとめたものの、脳内出血だったため、体に障害も残り

介護が必要になった。

その当時は、介護保険のシステムもまだ始まったばかりで

どう利用できるかもわからないまま

会社が終わったら、病院に通い、退院後は自宅で看ることになった。

 

母が倒れた時、私は30代後半で、母は残念なことに

その8年後に他界した。

 

最終的に8年間、母の介護を家族と協力してほぼ自宅でしたわけだが

今から思うと、よくその精神力と体力がよくあったなと自分でも感心する。

私にとっては母と心から話せるとても大切な時間だったし、充実した時間だった。

 

その8年間の間に、母の介護ということが理由ではないが、

20年あまり勤めた会社を辞めた。

 

会社ではとてもいろんなことに携われたし、仕事でも充実はしていたけれど

もうこれ以上、私がここですることはないという

何ともいえないスッキリ感とともに辞めることが出来た。

 

英語を使う仕事がしたいという思いがずっとあったので

しばらくはどこにも再就職することなく、英語力アップに集中しようと決めた。

英語学校に集中して通ったり、家でも独学でいろいろやってみた。

会社を辞めてほぼ1年ぐらいたったとき、

大学の研究室での仕事が決まり、教授の秘書、外国人研究者の

いろいろなサポートをすることになった。

 

新しい職場に行くという1週間前に母が亡くなったので、

精神的にかなりつらいものがあったけれど、

今から思うと再就職先が決まっていてよかったと思う。

 

最愛の母が亡くなったことは、かなりショックだったので、

もし大学の仕事が決まっていなかったら、

就職活動をはたしてできていただろうかと思うからだ。

母の介護中は、毎日が必死だったように思う。

カナダに住みたいという思いはどこか心の隅においやられ、

その時は大学での仕事、初めて英語関連の仕事につけた喜びで、

仕事に注力する日々が続いた。

 

そして、大学勤務も3年間を終えたとき、

教授の退官とともに私も退職することを決意した。

その時には、再び、カナダに住みたいという思いが

フツフツと蘇ってきたのだ(*^^)v