沖縄にきてから変わったことの一つに
食生活がある。
一人で生活するようになると
どんな調理用具がいって
どんな調味料がいって
どれだけの器が必要か
どんだけの分量いる?
などなど
これまで意識しなかった
自分に必要なもの、量を意識するようになった。
それでも、京都での生活では普通にあった調味料
たとえば
マヨネーズ、ケチャップ、醤油、味噌、酒、酢、
いろいろなだし汁、ドレッシングなどなど
「やっぱりいるよね~!」
とこちらに来てからも揃えていたし、調理器具も、必要な分だけと揃え日々の食事を楽しんでいた。
そして日々食べたいものを作っているうち
どうしても作りすぎたり、同じものを食べる日が
続いたりして、「なんかワンパターンだな・・」と
何かしら食事を楽しめなくなっていたような気がする。
本来、自分が食べたいものを
食べたい時に、食べたいだけ
食べられる自由を味わっていたはずなのに・・・
なんか・・ねばならない・・になってない?という感じ^^;
栄養をバランスよくいろんなものを食べないと!
作りすぎたものも残しちゃダメ!と無理に食べたり・・・
ごはんを楽しむどころか
ちゃんと食べるということはこういうことだ!といわんばかりに食べてた・・とでもいいましょうか・・・
そんな中、ごはんを食べることって自分が幸せ~!と楽しんでるだけでいいんじゃないの?
栄養をとらないと、残さず食べないと!日々いろんな味を味あわないと!というような思いこんでるんじゃないの?
と気づいて、その時、その時で
自分が食べたいものを食べたいだけ作って・・・
としていると
再びごはんを食べることが本当に幸せ~!と思えるようになったのだ。
そして益々シンプルになってきた。
私をそんな気持ちにさせてくれたのが
いかに私達が食事をすることに関して
思い込んでいることが多いかということに気づかせてくれる。
著者のように冷蔵庫を手放すまでの境地にはなれないが
私たちの多くが
食事はバラエティ豊かに
毎日違うものを食べる
味付けもいろいろと工夫する
などなど多くの思い込みを持っていることに今更ながらに気づく。
そしてシンプルで具材そのものを旬に味わうことが
どれだけ豊かで幸せなことなのか
と感じさせてくれる。
私がここ沖縄にきてどんどん食生活がシンプルになりつつあったところに、ガツーンとこれでもかと一撃を受けたような本だった。
お料理のことだけでなく
本当に自分が欲していることは何か?
これだけの量いるの?
あったらあったで便利だけど本当に必要?
というようなことが私達の廻りにはいーっぱいあるのだ。
著者はおそらく、お料理のことのみならず、モノや人生でやること全てにおいて自分軸になることの軽やかさを表現したかったのではないだろうか?
私自身も沖縄にお試し移住してきてからというもの
より自由さ、軽やかさを感じてきたところではあったが
まだまだお料理のレシピだけでなく
人生のレシピに何かしらこだわっていたのかもしれない。
でもこの本を読んだあとは
再び、「あっこれでいいのね♪」と
本来自分が感じていた自由さを取り戻せたきがしたのである(*^^*)
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